4月1日より75歳以上の方々を対象とした後期高齢者医療制度が始まっています。保険証配布の不手際というきわめて初歩的なミスも手伝って、連日この制度についての報道がなされています。報道のスタンスは様々ですが、基本的には、「ひどい不手際である」と「高齢者から医療費を取るのはひどい」の2つの立場でつらぬかれているように思います。

 私は「ひどい不手際である」所には全く異論は無いのですが、「高齢者から医療費を取るのはひどい」と言う論調については、部分的には正しいのですが、それのみを強調するのは単純に過ぎると思います。

 70歳以上の世帯は基本的には「貧しい」ものと皆さん思っていると思います。しかし、総務省の全国消費実態調査によると70歳以上世帯の平均収入は542万円で30歳未満の世帯の469万円を遙かに凌駕し、30代世帯の597万円とほとんど遜色ありません。保有する金融資産は2000万円で世代間最高、家屋等を含む「全資産」と言うことならなんと平均約6000万円を保有しています。むろん高齢者世代は人による格差が大きいのでこれは全ての世帯が6000万円を持っていると言うことではありませんが、それでも40%以上の世帯が3000万円以上の資産を保有しています。

 現在、後期高齢者医療制度の対象となる75歳の方々は人口の約7%を占めますが、医療費はその4倍の25%を使っています。1年あたりにかかる医療費は45-65歳でおよそ25万円ですが、75歳以上で80万円超となります。今までの医療制度では、率直に言って「貧乏な勤労世代が、お金持ちの高齢世代の医療費を払っている」「歪んだ構図」であったことを、「統計的平均値」としては否定できません。後期高齢者医療制度導入の動機は、この「歪み」を是正するという、比較的まっとうなものであること、また、「負担」していただいているのは高齢者の医療費の1割に過ぎず、残りは公費でまかなわれていて、それほど無茶なレベルではないことは、もう少し強調されても良いと思います。

 しかしこの「まっとうな動機」が「高齢者医療制度」でどのように実現されたかとなると、報道されているとおり「拙速に作られたつぎはぎの制度」であることを否定できません。
 まず「高齢者に応分の負担を求める」事それ自体は、上記のように高齢者の経済状況が平均としてはむしろ「豊か」であることを考えると、必要なことだと思います。しかし、それを収入・資産に応じてどう負担してもらうかをきちんと詰めずに行えば、当然報道されているような悲惨な例も生じてきますし、悲惨とまではいえない人にも、「何故自分はこれだけ負担するのか」という不満が募ります。「収入に応じた支払い」をどういう根拠で、どのように設定するのか、きちんとした議論と詰めが必要でしょう。
 また、「収入」の正確な補足は困難ですし、前述したとおり高齢者世帯では「所得は無いが相当の資産を持っている」方も少なからずおられるので、「高齢者の支払い能力に応じた公平な徴収」を実現しようと思うなら、「資産レベルも勘案した支払い」の検討も不可欠になります。「資産」も補足が難しく、換金困難なものも多いので、この多寡を保険料に反映するのは難しいと思う方も多いと思います。しかし、例えばフランスのように、「相続時に、相続財産の中から個人が使った社会保険料を差し引く」という制度を導入すれば、これらの困難は解決できます。また、支払いは「亡くなったた後」ですから高齢者に負担をかけることもありません(社会保険料が相続財産を超えるときは、遺族は単に相続放棄すれば良いだけです)。それが難しいのであれば、「消費税の一部を、老人医療費に充てる」という形で、「支出に応じて負担してもらう」事も、選択肢としては考慮すべきでしょう。
 結局の所、「制度変更の目的そのものは理解できるが、抜本的改革を避け、細部を詰めず、取りやすいところから取った」が故に、「貧しい」高齢者に過大な負担を強いる悲惨な例を発生させてしまったのだと、私は思います。

 「保険料徴収」と並ぶ後期高齢者医療制度のもう一つの柱である「高齢者担当医制度」についても、同様なことが言えます。この「高齢者担当医制度」は後期高齢者が「担当医」を指定すると、診療内容にかかわらず、その医師の属する医療機関に1月6000円の診療報酬が医支払われ、高齢者は600円を払えば良いというものです。これによって「医師が、6000円以内に診療費を抑えようとするから、医療費を押さえられる」事を意図して導入されました。
 良くある笑い話ですが、うちの祖母は、最近は元気がなくなってそんなこともしなくなったのですが、元気なときは「足が痛い」「腰が痛い」と言っていくつもの病院にかかって、山のように薬をもらい、その大半を無駄にしていました。実際高齢者の重複診療は複数の統計で指摘されていて、医療費の「膨張」を押さえようと思うなら、ここを避けて通るわけには行きません。
 しかしここで「排除すべき無駄」は私の祖母の例のように、「一人の患者が一つの疾患に対して同時に複数の医師から重複する内容の治療を受けること」であって、「一人の医師が一人の患者に必要に応じて行う複数の治療」ではありません。現行の制度は、「一人の医師が一人の患者」に行う治療は抑制できますが、患者さんは「かかりつけ医」以外の医師も自由に受診でき、「一人の患者が一つの疾患に対して複数の医師から重複する内容の治療を受けること」は全く抑制できません。正直言ってこの制度は医療費の抑制にほとんど効果を持たないか、下手をすると「かかりつけ医の診療抑制を補おうとして、重複受診が増え、かえって医療費が上昇する」危険すらあります。
 ここでも、「重複受診による医療費の増大を抑制する」という意図はわかりますが、それなら、「一患者の一疾患に対する重複受診」を避ける為に、患者の受診情報の統一的管理、さらには、現在無数に分立している保険組合の統一という保険制度の抜本的見直しに着手しなければならなかったのにそれを避け、「とりあえずやってみる」的な制度変更を行ったが故に、効果が曖昧なままに混乱だけを増幅する制度変更が導入されてしまったのではないかと、私は思います。

 更にほとんど議論されていませんが、私はこの医療制度の最大の問題は、「都道府県ごとの広域連合」というきわめて存在のはっきりしないものによって運営されていることにあると思っています。「広域連合」は都道府県ごとに運営されていますが、都道府県ではありません。従ってその最高責任者は知事ではありませんし、勿論市町村長でもありません。しかし例えば新潟県では、広域連合の意志決定機関である議会は各市町村から一人ずつ出された議員で構成され、広域連合長はその議会で選ばれた新潟市長です。各議員、新潟市長の情熱を疑うものではありませんが、専門知識を有せず、「兼職」である各氏が、責任を持って状況に応じた果断な決断が出来るかというと、正直疑問符がつくのではないでしょうか。
 推測も入りますが、広域連合の事務は、この「兼職」のメンバーで構成された意志決定機関の下にある事務局から、市町村に投げられているのが現状かと思います。この構造では、広域連合長も議会も事務局も、ましてや市町村も、誰も自分が「実質的な決定を下す最終責任者」だとは思わないでしょう。保険証の遅配は、責任者不在の組織の中で、起こるべくして起こったと言えます。
 広域連合形成の動機も、「市町村間の財政力の格差を均等化する」という比較的まっとうなものではありました。しかしそれなら、県直属の機関にするなり県ごとに独立の機関をたてるのが筋で、「指揮命令系統をはっきりしないまま市町村が連合して運営する」というのはあまりに中途半端です。更に言うなら「市町村間の財政力の格差を均等化する必要がある」なら、「都道府県の格差だって当然均等化する必要がある」はずで(同じ制度なのに、神奈川県と青森県で徴収される保険料に2倍もの格差が生じることを許容すべき合理的理由はあるでしょうか?)、国として厚生労働省の下なり社会保険庁の下なりに「後期高齢者医療局」でも作って責任を持って統一的に運用するのが本筋であったといえます。
 ここでも、県単位にせよ国単位にせよ、「統一的保険制度の構築」という抜本的改革を避け、現行の「市町村単位の運営」という制度の上につぎはぎで「広域連合」という制度をかぶせたが故に、当事者能力と機動力に欠いた組織ができあがってしまったのが現状ではないでしょうか。

 先のブログでも書きましたが、日本の医療・社会保障制度は率直に言って「古い制度の上に増築に増築を重ねたつぎはぎ」になってしまっています。年金、医療崩壊、後期高齢者医療制度と次々と起こる不祥事は、制度の抜本的改革が必要な時が来たことを、端的に告げています。このまま政治がリーダーシップを取らず、官僚の言うがままにつぎはぎを続ければ、何度でもまた同じ事が起こるでしょう。私は政治のリーダーシップで、是非抜本的医療改革、社会保障改革を行い、持続可能で安心できる制度を作りたいと思います。


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