ニュースの感想

トヨタに見る日本経済の論点

  • 米山 隆一
  • at 2009/4/04 11:55:34

 先日テレビを見ていたら経済学者の中谷巌さんが、トヨタについて言及していました。発言の要旨は以下の通りです。

 「中国からの留学生が来て、トヨタとGMの工場で学んだ。GMでは普通の組み立てを習ったが、トヨタでは『バンパーの見えないところまで磨きなさい』と教わった。この留学生は『何でそんなことを・・・。』と不思議がっていたけれど、実はこれこそが日本の製造業の強みなんです」

 私はこの話を聞いて、これからの日本経済考える上で非常に示唆に富む話だと思いました。論点は3つ有ります。

 まず第1は中谷氏の言及そのままですが、「一見無駄と見えるところまで、丁寧に仕事をする」事が日本経済の強さの源泉であるということです。私自身学生時代に買ったトヨタ車をつい最近まで乗り続けていたのですが(エアコンに詰めるフロンが販売禁止になったので、昨年20年目にして遂に現役を引退しました)、トヨタ車は本当に10年、20年故障しません。「1年後にブレーキが故障するのを防ぐ」とかであれば「故障の原因をきちんと突き止めて、ピンポイントでそれに対処する」という対応が合理的でしょうが、「20年後にどこかが故障するのを防ぐ」となると、原因の究明はおよそ不可能でしょう(防ぐべき故障箇所すらはっきりしないわけですから)。この際、原因など考えずにともかくめくらめっぽう総ての部品を磨き上げることは、不合理に見えて実は「20年故障しない機械」を作る上で最も合理的な方法なのかもしれません。

 しかし、これには第2の論点があります。其れは、「『一見無駄と見えるところまで、丁寧に仕事をする』事の価値は勿論認めるけれど、実は社会の隅々までこの精神が求められることによって、相互に過重労働をしあうことになり、その結果国民全体が疲弊していることも、否定できない」と言うことです。日本のサラリーマンの長時間労働はつとに知られるところです。ビジネスのあらゆる場面で「見えないところまでピカピカに磨き上げる」為には時間がいくらあっても足りませんから、これはある意味やむを得ないのですが、一方でそれは「家庭生活の軽視」「仕事と家庭の両立の困難」を生じます。そしてこれらは究極的には、少子高齢化による労働力人口の減少を通じて、将来の日本経済を弱体化させます。端的に言うなら、「部品を隅々まで磨くのはいいが、こればかりやって家庭を放置して子供を作らなかったら、次の世代に部品を磨く人がいなくなってしまった」と言う事態を招きかねないと言うことで、実のところ日本の製造業の様々な現場で既にこういう事態が発生しています。「一見無駄」が実は無駄でないのは第1の論点で述べたとおりなのですが、そうはいっても、「一見無駄だけど本当は価値がある」のは全体の5%なり10%なりで、残りの90%位は「本当に無駄」だったりするのだと思います。ここは「目くらめっぽうともかく磨く」だけに安住せず、「努力の価値は認めながら、そのなかでも省ける工程を見つけだして省いて、みんなで少し楽をして、その時間で次の世代の日本人を育てる」努力をすることも、忘れてはならないのではないかと私は思います。

 ここまでだと「ワークライフバランス」と言う話で終わるのですが、この話には更に第3の論点があります。其れは、「もし本当に『総ての部品を磨く事が故障しない機械を作る最大の秘訣』であるなら、トヨタは其れを絶対的な企業秘密として秘匿すべきで、中国人留学生に話してしまったのは痛恨だった」と言うことです。
 少々話はそれますが、プロセッサーで有名なインテルはトランジスターメーカーとしてスタートしました。日経新聞の「私の履歴書」でインテル前CEO アンドリュー グローブ氏が告白しているのですが、当時どのメーカーもなかなか安定した品質のトランジスターが製造できなかったなかでインテルが見つけたノウハウは、なんと「できあがったトランジスターを、鉛筆のおしりで3回たたく」だったそうです。このコツは「絶対の社外秘」として秘匿され、知っていたのは氏を含めて数人で、当時氏の最も重要な仕事は、できあがった製品を社長室に持ち込んで鍵をかけ、総てのトランジスターを鉛筆でたたくことだったとのことです。
 「バンパーの見えないところまで磨く」は本来そのくらい厳重に管理しても良い情報だったかもしれないのですが、教えてしまった以上は仕方有りません。相手がこの情報を使ってくることを前提として物を考えるべきでしょう。
 「そんなことを言っても、パンパーの隅々まで磨くなんて、日本人以外には出来ないよ。安心しなさい」と言う方もおられるかもしれません。しかし私は、「パンパーの隅々まで磨くなんて、日本人以外には出来ない」こと自体はその通りだと思うのですが、「中国人は中国人のやり方、アメリカ人はアメリカ人のやり方でこの問題に対処するだろうから、安心はとても出来ない」のではないかと思います。
 中国の人件費は伸びたとはいえ日本の1/10です。「部品を隅々まで磨く問題」に対する中国の解決法は、まさに中国的に「日本の3倍の人員を動員して、人海戦術で磨き上げる」事でしょう。中国の工員の質が例え日本にはまだ届かなくても、3倍の人員を使えばそれなりに対処は出来ます。今後は中国製品が日本に匹敵する品質を備えることを、私たちは現実に考えるべきでしょう。
ではアメリカに対しては安心して良いかというと、其れも違うと私は思います。アメリカ人が日本人のように根気よく部品を磨いたり、中国人並の低賃金で働いたりすることはあり得ないとは思いますが、アメリカ人はこれまたアメリカ的に、超臨界二酸化炭素あたりを使った巨大な「自動部品洗い器」とかを作って、力業でこの問題を解決してしまいかねません。今アメリカの製造業は苦境にありますが、復活はいつでもあり得ると私は思います。

 「見えないところまで心を込めて仕事をする」其れが日本経済の繁栄をもたらした大きな要因の一つであることは間違いのないところで、この「秘技」を私たちは是非守り続けなければならないと思います。しかし、この「秘技」をただ頑なに守り続けるだけでは、第2の論点で述べたように「秘技の使い手がいなくなってしまう」かもしれませんし、第3の論点で述べたように他の国に、「必殺、秘技破り」を開発されてしまうかもしれません。
 「秘技」は、日々これ精進して進歩させてこそ、「秘技」で有り続けられるのであって、日本経済も、「心を込めた(過重)労働」に安住せず、生活と両立できる「効率性」や、他国の「新技」に打ち勝つ「革新性」を追求し続けなければならないと、私は思います。


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コメント

>トヨタ車は本当に10年、20年故障しません。
他のメーカーもそう簡単には壊れないのでは?トヨタだけが壊れにくいなんて迷信を信じないようにしてください。あなた理系なんでしょ?

  • Posted by 長岡人
  • at 2009/04/21 19:10:55

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