本日政府提出の安全保障法制が衆院を通過しました。我が維新の党は独自案を出しており,その十分な審議がおこなわれないままの採決ですので,当然私はこれに反対です。

 しかしそれはそれとして,現在安全保障法制を巡って,賛成派からは「この法律がないと外国に攻められて日本の安全が守られない!」,反対派からは「この法律ができると戦争が始まる!」という主張がなされていることに,私は違和感を覚えています。それぞれが,極端な例としてはありうるものの実際にはまず起こらないことを,それぞれの主張の根拠としているからです。

 まずもって,「この法律がないと外国に攻められて日本の安全が守られない!」は大げさだと思います。中国が如何に海洋進出を強めようが,ロシアが偉丈高な態度をとってこようが,北朝鮮が挑発に徴発を重ねようが,現時点で日米安全保障条約があり,日本には米軍と自衛隊という,攻めてきた相手に一矢報いるには十分すぎる戦力があります。今現在日本は,どの国にとっても戦争を始めるにはあまりに危険が大きい国であり,これらの国が日本に攻め込んでくる確率は,万が一をはるかに下回るものでしょう。「外国が攻めてくる!」は,本当のところ,まず起こらない極論にすぎません。

 一方,「この法律ができると戦争になる!」も正直少々大げさでしょう。第二次世界大戦後の世界情勢において,戦争は戦力の均衡が非常に崩れている状態-要するに大国が小国を押し潰すという形か,若しくは国家内での内戦という形でしか起こっていません。先進国の持つ兵力が大きくなりすぎて,先進国同士で戦争をするということが非現実的になってしまっているためだと思います。この法律によって日本が中東の戦争に巻き込まれることはもちろんあるでしょうが,それはほぼ間違いなくアメリカ側連合軍圧勝の状況でしか行われないのであり(戦力が均衡するようなら戦争は始まらないでしょう),基本的には日本にとっては遠い外国での局地戦で終わるでしょうし,それ以前に,イランとアメリカの歴史的合意が成立した以上,IS以外の国との戦争が起こる可能性もまた,極めて低いものと思われます(ただしこちらは「百が一」くらいではあると思いますが。)。
「日本が戦争を始める!」もまた,まず起こらない極論だといえます。

 勿論それぞれの極論は,まさに「万が一」のリスク管理という観点では,考慮に値します。しかしそれは,あくまで「万が一」なのであって,本来的な意思決定は,「万が9999」,すなわち,最も起こりやすい事態における,コストとベネフィットを考えて行うべきものと思います。では,「万が9999」の事態,すなわち,アジアではアメリカと中国が相互に牽制しあい,中東ではイスラエルとイスラム国家群の不安定な関係が続き,ヨーロッパではロシアと西側諸国の間で摩擦が続くが,しかし大国同士では戦争は起こらず,武力衝突は小さな国家間のこぜりあいにとどまるという状況で,安保法制があった場合とない場合の日本のコストとベネフィットはどうなるでしょうか?

 安保法制がある場合のコストは,明確に「防衛費の増大」です。「海外で米軍と共同作戦を展開できる。」ということは,例え実際に共同作戦がなくても,経常的にその装備を確保・維持し,その訓練をする必要が生じるということです。それは間違いなく,少なからぬ防衛費の増大となって財政難に苦しむ日本の負担になります。また,日常的に米軍と共同作戦を展開するということは,ある意味米軍に統合されるということで,(それをコストとみるかベネフィットとみるか微妙ですが),日本独自の防衛,特に防衛費の削減というオプションは失われていくものと思われます。一方で「海外の国々から警戒される」コストは,多くの場合実際に共同作戦を実行するような事態は発生しないし,発生したとしてもその時は,かなり高い確率で「世界オール与党」的な状況になっているので,危惧されているほどにはならないと思います。
 ではベネフィットは何かというと,それは何といっても「アメリカの信任」を得られることでしょう。自衛隊が米軍に統合されるということは,アメリカにとって日本は,ある意味「コントロールできる存在」になるということです。そうであれば,アメリカにとっては,日本の離反や反抗を心配する必要がなくなるので,防衛以外の部門については,ある程度日本の自由にさせてよい-多少国家主義的な政策をとろうが,中国と喧嘩しようが,構わないし,場合によってはTPP等で一定の譲歩をしてもいいということになります。
 そしておそらくは,安倍政権にとって今安保法制を推し進める最大の理由は,ここにあるものと私は思います。

 では,安保法制がない場合のコストは何でしょうか。これはまさに上の裏返しで,「アメリカの信任」を得られないことだと思います。安保法制ができなかったからといってアメリカが立腹するということもないでしょうが,「グリップしているから大丈夫」的な意味で自由を与えられることはなく,国家主義的な動きを強めれば警戒されるでしょうし,中国と余計なもめ事を起こした時のフォローも薄くはなるでしょう。その分は自衛隊で解決するということであれば,結局防衛費は安保法制があった場合と大差ないことになるのかもしれません。
 一方のベネフィットは何かというと,これもまた上の裏返しで,最大のものは,「防衛費を削減する自由」を手にすることだと思われます。勿論中国,北朝鮮,ロシアとの対抗上いるものはいるでしょうし,場合によっては自分で防衛する方が,防衛費がかさんで削減どころではなくなるのかもしれませんが,ともかくそれを自己決定できる自由は,なくならないであろうと思われます。
 そしてその代替として,上に述べたとおり,内政と外交においてアメリカと世界の信任を得る努力,おそらくは国家主義的主張を避け,可能な限りで周辺国との無用な摩擦を避ける努力が,必要になるものと思われます。

 以上結局のところ,安全保障法制を成立させるかさせないかは,「外国に攻めこまれるか,日本が戦争をするか。」という極端同士の選択ではなく,「アメリカと防衛統合を進めてそのコストを負担し,その庇護の下である種の政策的外交的自由を得るか,もしくはアメリカとの防衛統合は一定に抑えてそのコストを減らし,その分を政策的外交的努力でカバーするか。」の選択,一言で言うなら「アメリカの信任による自由か,自らの努力による自由か」の選択であろうと思われます。

 そして私自身は,対米協調を軸として,日本の防衛を十全にはかることは当然の前提としたうえでしかし,少子高齢化と多額の財政赤字に苦しむ日本に,米軍との統合コストを負担する余裕はなく,また,そのようなコストの代償として得られる,アメリカの庇護下で与えられる,他国と喧嘩する自由や国家主義的傾向を強める自由には何ほどの価値も感じない以上,アメリカの軍事力のみに頼ることなく,自らの政治的外交的努力によって防衛コストを最小限に削減する中で,日本の真の実力を高めることこそが,日本の進むべき道であると考えます。

 


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コメント

あら正論?とおもって読みすすんでみたら、最後でズッコケたわ。野党の方らしいポジショントークな結論ね。(笑)
現在の地球上に軍事力で担保されない外交力なんてものがて存在するのかしら? 米軍に依存しないのなら、自国の防衛コストは上がるのではなくて? それとも、丸裸になって口先だけで頑張れと? あなたの仰る「日本の真の実力って」今回の場合、具体的に何かしら、教えてくださる? 

  • Posted by あらあら
  • at 2015/07/25 00:38:55

あらあらさん,コメントありがとうございます。

そうでしょうか?

まずもって現在の国会審議でも,自衛隊と日米安全保障条約を否定する野党はほぼありません(社民共産ですら,事実上認めている様に見えます。)。我が維新に至っては,実質上日本周辺での集団的自衛権の行使も認めています。賛成派の方はすぐに「軍がなければ国を守れない!」「米軍がなければ日本は守れない!」とおっしゃいますが,最初から誰もそこは否定していません(したがってそのような批判は,単なる中傷以上の意味をもちません。)。

国家の実力は非常に多岐にわたります。資源(資源開発を含めて),人口,人口を増やせる社会状況,科学技術,経済力,財政の余力,装備としての防衛力,防衛力を有効に展開できる指揮能力,外交力,政治力,非常に様々です。そういった重層的な要素なくして,防衛の選択肢だけを増やしても,国力が増加するわけでありません。

本記事で述べたとおり,日本は今,少子高齢化と財政難に苦しんでいますから,上に挙げた国力の11の要因のうち,すくなくとも,その根本を支える,人口,人口を増やせる社会状況,経済力,財政余力の4つは,危機に瀕しています。これらに対処することなく,おそらく実際には使わない防衛オプションだけを増やし,防衛費の負担を増大させ,危機に瀕している4つの要因を悪化させるのは,全体として日本の国力を増すことにはならないと私は思います。

  • Posted by 米山 隆一
  • at 2015/07/27 07:37:53

さすがにバランスの取れたご賢察、感服します。

日本経済の活性化は至上命題です。
庶民の多数が貧困に苦しみ、1日1食の食事の子どもたちは進学でさえ多額の借財を覚悟せねばならない事が、経済大国という虚飾を剥がします。
一方、老人たちは入院しても3カ月で病院をたらい回しにされます。
いや、そもそも、治療費が払えない人々が増大しています。
介護も受けられない。 

子どもと老人の中間に位置する現役世代は、労働法の改悪の危険に気づいています

これら、すなわち、富裕層飲みが恩恵を受ける経済政策に対し、庶民がその実態に目覚め、騙されていた事に気づいた時、自民は3度目の復活はないと見て良いでしょう。
況してや、対米政策が、協調では無く、対米隷属であった、そのための海外派兵であり、増税はそのためと知れば、自民はその長い歴史に終止符を打たれることになります。

ポピュリストが大手を振って長く椅子に座って居られる時代ではないのです。議員は何をせずとも、上手くやれば歳費収入だけで年間7千万円の収入になることも、知れ渡って来ています。
ですから、あのナニワの上西氏のように椅子にしがみつくのでしょう。国民は徐々に実態を知りつつあります。

こんな状態で、来年更に消費税を上げ、防衛費を大幅に上げる政策が支持される訳がありません。
有権者の3割の得票でこんな無様な政策を実施しようという現政府はもはや信を得られず消えるのみでしょう。

国民経済の活性化は前述の庶民の暮らしから考えれば防衛費増大や消費税他の増税に耐えられるはずも無く、国力の一層の衰退に向かうでしょう。

経世済民。

普遍的経済思想の目的は、この太古の中国思想の他にないと考えます。

米山さんのこ見識とモラルに大いに期待する所以です。

  • Posted by 山本賢治
  • at 2015/09/01 20:21:28

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