活動報告

国家公務員法について-中立性の幻想

  • 米山 隆一
  • at 2007/7/06 12:45:44

 今国会で成立した国家公務員法改正案について先日ブログに記載したところ、読者の原さんから、以下のコメントを頂きました。これに対する回答を、本来ならレスポンスとして書くところですが、結構な長さになりますので、稿を改めてこちらに記載いたします。

原さんからのコメント:
「現行の国家公務員法第78条1項及び3項は、正常に機能していないんでしょうか?正常に機能すれば、少なくとも、かなりの公務員改革ができると思うのですが・・・。」

私からのレスポンス:
 国家公務員法78条1項及び3項の分限免職は、公務員の職務監督の手段としては、機能していませんし、実のところそもそもそのように機能しようがない条項です。
 78条は、国家公務員法第6節「分限、懲戒及び保障」に記載されていますが、この節の最初の2条項、74条と75条は以下のように定めます。

(分限、懲戒及び保障の根本基準)
国家公務員法第74条  
1項 すべて職員の分限、懲戒及び保障については、公正でなければならない。
2項 前項に規定する根本基準の実施につき必要な事項は、この法律に定めるものを除いては、人事院規則でこれを定める。

(身分保障)
国家公務員法第七十五条  
1項 職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければ、「その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない」。
2項 職員は、人事院規則の定める事由に該当するときは、降給されるものとする

 78条はこれに引き続いて、「意に反する場合」を定めているのであって、実は「このような事実があったら降格若しくは免職する」と言う規定ではなく、「これらの事実がない限り、公務員は、意に反して降格若しくは免職されない」と言う趣旨の規定だと言うことになります。更に同条および同条が引く人事院規則を、少々長いですが引用しますと以下のようになります。

国家公務員法第七十八条  職員が、左の各号の一に該当する場合においては、人事院規則の定めるところにより、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。
一  勤務実績がよくない場合
二  心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
三  その他その官職に必要な適格性を欠く場合
四  官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合

人事院規則11-4(職員の身分保障)(抄)

(本人の意に反する降任又は免職の場合)
一 第7条法第78条第1号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、法第72条の規定による勤務評定の結果その他職員の勤務実績を判断するに足ると認められる事実に基き、勤務実績の不良なことが明らかな場合とする。

二 法第78条第2号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、任命権者が指定する医師2名によつて、長期の療養若しくは休養を要する疾患又は療養若しくは休養によつても治ゆし難い心身の故障があると診断され、その疾患又は故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないことが明らかな場合とする。

三 法第78条第3号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、職員の適格性を判断するに足ると認められる事実に基き、その官職に必要な適格性を欠くことが明らかな場合とする。

四 法第78条第4号の規定により職員のうちいずれを降任し、又は免職するかは、任命権者が、勤務成績、勤務年数その他の事実に基き、公正に判断して定めるものとする

如何でしょう?「事実に基づき」「明らかな場合」「医師2名によって」等々、極めて限定的な文言が並んでいます。要するにこれらの各号が定めているのは、「何度言っても全然働きもしない」、「明らかに心身を病んでいてとても職務執行が出来そうにない」等の極めて極端な例以外は「身分が保障されている」と言うことに他なりません。「立案・業務執行が国民の方を向いていない」「大臣の言うとおりに働かない」程度では、到底降格も免職も出来ませんし、無理にやったら、逆に不服審査を申し立てられてあっさり処分を取り消されてしまうでしょう。

 結局のところ、現在の日本の国家公務員制度は、「中立」を追い求めるあまり、政治からも、従って国民からも、ほぼ完全にコントロールを受けることのない「身分」が制度上「保障」されていると言う、極めていびつなものになっています。これは、明治維新以降の民主主義の確立期には、ポピュリズムを排して政治に安定性と継続性をもたらす上で、有用であった面もあるでしょう。しかし、民主主義が十分に成熟し、二大政党のどちらが政権をとっても国政運営にさしたる問題を生じないと思われる今、そのような「厳格な中立性」を求める必要は最早なくなっていると、私は思います。そして、実のところこの「行き過ぎた中立性の追及-中立性の幻想」こそが、国家公務員の手足を縛って必要な施策の実行を困難とし、政治のコントロールの効かないまま、国民の要望とは乖離した「省益追及」に走らせていると、私は考えています。

 今回の政府の国家公務員法改正案は国家公務員の退職後のあり方を規制する部分的なものに過ぎません。しかし前述のとおり、それは蟻の一穴となって国家公務員制度を大きく変える可能性を有しています。これを契機に、真に国民の利益になる、そして本来優秀な日本の国家公務員がその実力を遺憾なく国の為に発揮できる、そんな国家公務員制度を、与野党と国民が共同で作っていければと思います。


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コメント

誠に丁寧にご返答いただきありがとうございます。
これまで国家公務員法というものを、よく理解していなかったことを今回の国会等の審議を通じて思い知らされたので、改めて国会公務員法の条文を一つ一つ読んでみると、例の78条にたどり着き、「これならクビにできるのに十分な条文じゃないかなぁ」って思ったので、あのようなコメントをしたのですが、人事院規則までは目を通すことはしておらず、非常に勉強不足を痛感しております。

あれから少し勉強しましたが、当時のこの法案を立法した際の考え方は、米山さんのおっしゃる通りだろうと思います。

しかし、人事院規則の「解釈」の仕方を少し変えていけばいいのではないのでは?と思ってしまうのは、あまり法律を知らない者だからでしょうか。

人事院規則の該当条文を読んでみて、改めて前回のコメントと同じようなことを思うのですが、この該当条文はそれほどがちがちに「公務員の公平性」を固めているようには思えないのです。
「心身の故障」などのときの「医師二名の診断」というのは、さすがにがちがちに固められていますが、「法第72条の規定による勤務評定の結果その他職員の勤務実績を判断するに足ると認められる事実に基き、勤務実績の不良なことが明らかな場合」という文言に関しては、国会公務員法第72条に勤務評定に関する規定がありますし、解釈というか運用次第なのでは、と思うのです。

また、「職員の適格性を判断するに足ると認められる事実に基き、その官職に必要な適格性を欠くことが明らかな場合とする。」という文言も「明らかな場合」というのがネックになっているのかもしれませんが、これも明らかな場合は適用できるのですから、解釈次第ではないでしょうか。
なお、不服審査というものの厳しさを知らないからかもしれませんが、日本語を解釈する上では上記のような解釈も可能ではないでしょうか。

結局何が言いたかったのかと言うと、これまでの国家公務員法の解釈は公務員に配慮しすぎた解釈であって、これからは公務員もある程度の緊張感を持って、仕事をする必要がある。
そのためには、国家公務員法の解釈を公務員に厳しいものにしていくことが必要であり、そうしていくことも可能ではないかと思ったのです。

国家公務員法についてはあまり詳しく知らないので、中途半端なコメントになってしまったかもしれませんが、申し訳ございません。

  • Posted by 原
  • at 2007/07/07 04:12:45

原さん、コメント有難う御座います。

 いや、この法律の文言からは、「柔軟な運用」はなかなか難しいでしょうね。「事実」とか「明らか」と言う文言は結構重いですよ。文字通り解するなら、「万人の目に明らか」と言う意味ですから、人によって意見が分かれる「政策立案が国民の側を向いているか」等の抽象的基準では処分は出来ないとするのが、無理のない解釈でしょう(但し今までは、「明らか」な場合-「欠退勤を繰り返している」等の例ですら分限免職は行われてきませんでした。そういう意味では、文言以上の拡大解釈があったのは間違いありませんので、そこは改めるべきだと思います)。
 
 勿論法律解釈はやる人次第ですから、行政の側で「こう解釈するんだ!!!」と宣言してしまえばどんな無理でもとりあえずは通るという面はあります。しかしそれでは、「言葉による権力の制限」と言う「法の精神」が失われてしまいます。

 行政、立法、司法と言う手続きをとっての国家運営は、時にまどろっこしく、じれったく思えることもあると思います。しかし「今こうすることが必要だから」と言うだけで原則を守らなければ、長い眼で見てシステムの破綻を招き、国家存立の本来の目的である「人権の確保」が出来なくなってしまいます。時間はかかっても、法律がおかしいなら立法が正面から法律を直す、司法はその法律の文言に沿って多くの人が同意できる無理のない解釈をする、行政はこれらの法律と法解釈に従って公正に行う、と言う手順を踏むことが、「自由で豊かな社会」を作るために前人達が築き上げてきた知恵だと私は思っています。
 
 国家公務員制度は、新しい日本をいれる、新しい枠組みです。与野党はその枠組み作りに是非正面から取り組んでいただきたいし、私もその一翼を担えるようになりたいと、思います(その前のハードルは高いですが-苦笑)

  • Posted by 米山 隆一
  • at 2007/07/07 07:12:42

わかりやすくご説明いただきありがとうございます。
ただ、あまりにも各省の勤務実績の評価があいまいにされており、法律としての役割を果たしていない。とか、免職に出来る場合でもしてこなかったりとかというようなことが多々あったのではないかなと思ったので、そういうことを直すだけでいいのでしていただきたいと思っております。

>法律がおかしいなら立法が正面から法律を直す、司法はその法律の文言に沿って多くの人が同意できる無理のない解釈をする、行政はこれらの法律と法解釈に従って公正に行う、と言う手順を踏むこと

その通りですね。法律の文言を「法の精神」を無視して解釈していき、その時その時の行き当たりばったりの解釈をしていけば、それは確かに行政の側の横暴がまかり通る危険性があると思います。
司法(や行政)がどのように法を解釈するか、その上で足りない部分や欠けている部分をどのように立法するかということは一国民の僕としてはかなりややこしいとかまどろっこしいと思うこともありますが、今回の米山さんがわかりやすく説明して頂き、理解できたつもりでいます。


無知を痛感させられもっと法と行政との関係を勉強しなければいけないな、と思い知らされました(苦笑)。
渡辺行革相の下で国家公務員法も改正されるとのことですので、その行く末を見守るとともに、勉強して改めて理解をしていこうと思います。

年金問題や公務員改革の問題、さまざまな問題で米山さんの考え方には共感するところが多いです。
憲法問題について、「集団的自衛権の行使」を憲法に明記するかに関しては、自分の考えがまとまっておらず、どちらかというと否定的な立場なのですが、残りの部分では賛成しております。
僕は新潟の人間ではありませんが、次の選挙ではまた出馬されるとのことですのでぜひ頑張っていただきたいと思っております。

  • Posted by 原
  • at 2007/07/07 18:47:02

 はじめまして。分限の運用については、色々問題があると思います。
 でも、これについては、主要判例も調べた方がいいと思います。厳しい要件を判例は求めているからです。
 日本の公務員制度は、アメリカ型ではなく、ドイツ型に近い訳ですが、そうした点からも、私は、公務員に政治的中立性を求めることと、政治的に不利益な処分がなされないよう保証することは、議院内閣制の下では(二大政党制の下では特に)合理性があると思います。 
 そうしたことと、職業人として許せないような職員を分限免職することとを一緒の次元では論ずるべきではないと思います。

  • Posted by はじめまして
  • at 2007/07/09 01:23:44

「はじめまして」さん、コメント有難う御座います。

 確かに判例の求める用件は厳しくて、「職業人として許せない職員を免職・降格する」ことに限られていますよね。コメントのところで書いたとおり、私は現在の法律の解釈としては、そのように運用するのが至極全うだと思います。

 ただ制度論としては、私は公務員に中立性を求める時代は既に終わったと思っています。2大政党制が確立すると、両政党の主張は、「中道」に接近して大して変わらくなります。議院内閣制のほうが、多数の議員の主張を集約する必要があるので、その傾向は更に強まります。実際現在の自民党の主張と民主党の主張は、大きく違いません(そんな事を言うと自民党からも民主党からも怒られそうですが、冷静かつ客観的に見て、大して変わらないでしょう?-笑)。要するに自民党も民主党も極めて常識的な政策を打ち出している現在、政治に安定性や継続性を求める為に、わざわざ公務員に「中立性」を求める必要はなくなったと、私は考えます。そして更に、現在この公務員の「中立性」は、「不要」なだけでなく、政治による行政のコントロールを排除する隠れ蓑となって、行政に政治-民意のコントロールが及ばない原因となっており、新たな立法を行ってそれを排除すべき時が来ていると考えています。

 勿論「公務員の中立性」を排除してアメリカ流の「政治任用」を採用すると「公務員の身分があまりに不安定になり、公務員に人材が集まらなくなる」と言う問題が生じる可能性はあります。しかしそれは「より良い政治を実現する為に、どの様な政治と行政の関係が望まれるか」と言う視点とは別の次元で考えるべきことでしょう。又、終身雇用が前提のかつてとは違って現在は、優秀な人材はヘッドハンティングでいくらでも代わりの職場が見つかります。世界一優秀な日本の官僚がそのような事態を心配するのは、杞憂に過ぎると、私は思います。

 「中立」は言葉としてはプラスの響きを持ちます。しかし実際「何が中立か」を決めるのは極めて困難で、それを判断する人-この場合は官僚自身-の恣意に大きく左右されます。ことに「中立」と「身分保障」がセットになったとき、その組織は組織として独立し、内部の論理で、「中立」の意味を決めるようになります。その時「中立」は中立でもなんでもない、「組織の意見、組織の利害」に過ぎなくなってしまいます。私は現在の霞ヶ関では、正にそれが起こっていると思っています。そうであれば、正面から国家公務員法改正に取り組み、政治任用の採用で政治による行政のコントロールを可能することで、「霞ヶ関の目で見た中立」を廃して「国民の目で見た中立」を確立することが必要だと、私は考えます。

 「こんにちは」さんが「中立性と身分保障を求めることは合理性がある」と考える論拠をお聞かせいただければ幸いです

  • Posted by 米山 隆一
  • at 2007/07/09 02:11:35

 早々にコメント頂き、驚きました。ありがとうございます。
 私が公務員に関して、自らも、外部からも、政治的中立性を確保することに合理性があると考える理由ですが、
一言で言うと、公務員に対して、政治的な立場から、仮に「右」と要求されたら、それが明らかに「中立でない」ものでも、拒否できない現実があると思うからです。
 現実問題として、地方議会なども含めて、政治家(個人)の要求・主張は、全て「中立」と言えるでしょうか?これらに対して、公務員個人が、その間違いを指摘したり、拒否したりすることは、身分的保証なしにできるでしょうか?
 現実に、自分の身分が危うくなっても、制度を曲げないことが、個人としてできるでしょうか?
 一方、米山さんの主張する、行政が組織として「中立」を保つことは、公務員個人のこととは、別次元のことだと思うのです。
 こうしたことは、何が中立かも含めて、大臣なり知事・市町村長が任命権者としてなすべきことであり、国会・議会がコントロールするべきことではないでしょうか。
 「まつりごとを納める」と書いて「政治」ですし、「まつりごとを行う」と書いて「行政」です。政治(立法府)の方向性に従って行政が組織としてこれを行うべきであることは、当然です。だから議院内閣制を採用しているはずで、これが正しく機能しているかどうかの問題と、公務員個人が政治的なものから保護されるべきかどうかは別の問題だと思うのです。

  • Posted by はじめまして
  • at 2007/07/09 02:59:45

「はじめまして」さん、コメントありがとうございます。

 そう、勿論「中立性」の判断は、大臣、知事、市町村長が行うべき事で、権限や立場のはっきりしない議員が行うべき事ではありません。それと同時に、それはあくまで「大臣、知事、市町村長が行うべき事」であって、官僚-公務員が行うべき事でもありません。ところが現在の日本の官僚制度では、実は官僚-公務員が、大臣の命令に従わないことさえも可能とする「身分保障」の下、実質的にこの「中立性」を判断している状況があります。つまり現在の公務員は、(任命権者以外の)政治家の介入に対して「身分保障」の下「間違いを指摘したり拒否したり」するばかりでなく、時として、本来従うべき「大臣、知事、市町村長」の意向にすら、自らの独自の利益の為に、自ら独自の判断で、「間違いを指摘したり拒否」しているわけです。これでは、本来行政を正しく行うための「中立性」が全く違う方向に使われてしまっていると、いわざるを得ません。

 私はこの状況を打破する為には、公務員が「任命権者」の意向に沿わないならば、「任命権者」はその公務員を、即座に交代できる制度を採用すべきと考えています。つまり、公務員の身分は、「任命権者」以外の政治家の要求からは当然保護されるべきですが、「任命権者」からは、保護されるべきではない、公務員の「中立性」は、公務員自身ではなく、「任命権者」が判断すべきだ、と言うのが私の主張です。
 
 おっしゃるとおり、「政治(立法府)の方向性に従って行政が組織としてこれを行うべきことは当然」です。しかし今の日本では、その当たり前のことが当たり前でなくなっています。そしてその原因の大きな一つが、上述の通り、「政治-任命権者からさえも、公務員の身分が完全に保障されていること」であると私は考えています。その意味で、「公務員個人の身分保障」はまさしく「行政が政治の方向性に向かって全うに機能するかどうか」を決定する重要な問題であり、「別の問題」ではないと、私は思います。

 「政治の方向性に沿って行政が組織としてこれを行う」為にこそ、公務員制度を根本から考え直すときにきていると、私は思います。

  • Posted by 米山 隆一
  • at 2007/07/11 01:50:24

 米山さんの考え方が良く分かりました。ありがとうございます。
 非常にまっすぐで正しい考え方だと思います。

 ただ、例えば、某議員(現在民主党)が外務大臣をしていた時に、首にされそうになったり、左遷されかかった外務省職員がいたということも、現実のこととしてありましたよね。

 公務員個人に関しての身分保障について、「議員内閣制の下で合理性がある」と申し上げたのは、特異な例かもしれませんが、そうした現実があるためです。

 某元外務大臣だけでなく、過去の大臣や地方の町村長などにも、非常に個性的(?)というか、独裁的な方もいます。政治職の任命権者は、あまりに酷いと「落選」という形で責任を取る仕組みですが、その人によって、免職とされた公務員を復職させることはできません。

 繰り返しになりますが、私は、米山さんの主張は、一つの考え方で、間違っていないと思います。
 省庁が、己の価値観や組織防衛のために、大臣従わないことがあるとも思います。
 でも、省庁を内閣の方針に従わせるのは、大臣の仕事であって、大臣が組織をコントロールできない問題と、公務員個人について、従わないなら免職にするということは、やはり私は別次元のことと感じます。(ちなみに、大臣の職務命令に従わないのは、分限ではなく、懲戒が可能であると理解しています。)

 自分に従わない従業員を免職にするのは、ある意味では、従わせるための手段として機能するかもしれません。
でも、職員がイエスマンだけになり、大臣が裸の王様となる恐れもあるのではないでしょうか。
 こうした考え方も一つの考え方としてあるのではないでしょうか。

 公務員制度は、こうして考えると、様々な考え方が成り立ちうるように思います。
 いずれにしても、私のつたない書き込みに真摯に回答していただき、感謝していますし、恐縮しています。

  • Posted by はじめまして
  • at 2007/07/11 23:26:27

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