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最新コメント一覧

米山 隆一 - 大学入試改革(2) へのコメント

質問にお答えします。
端的に日本では、「大学中退者」と言うものを受け入れる空気も、またたとえば最初に入った大学を中退した人が30歳になってもう一度大学に入りなおすことを受け入れる空気も、希薄だからです。それを受け入れる空気のあるアメリカですら、大学中退者は「中途半端な人」という評価を受けます。日本では一層、「大学中退者」は就職先を見つけることが困難になるでしょう。そしてこれは、たった今「法科大学院を卒業したが、司法試験に通らなかった人」に起こっていることです。彼らの悲劇を、社会全体に拡散することが得策であるようには思えません(長い時間を変えて、社会的風潮から変えていくというのなら、ありでしょうが。)。


投稿者: 米山隆一

米山 隆一 - 大学入試改革(3) へのコメント

学業以外の資質さん、コメントありがとうございます。

あまり果てしない議論もなんですが、問いかけが多くありますので、それぞれに簡潔にお答えします。あまり水掛け論になるようでしたら、コメントは反映しませんのでお許しください。

>「親に育てられた子は忠孝を尽くすことが日本人の美学です。」
そう思われるのは自由ですし、別段大筋として反対はしませんが、自らの為に頑張ろうと思うのもまた自由ですし、別段非難されることではありません。また「美学」という言葉が何を指すのか不明です。

>「日本国政府の役割は国益を最大化することであり」
これもそう思われるのは自由ですし、別段大筋として反対はしませんが、国家の義務は国民一人一人の幸福を最大化することと考えるもまた自由であり、別段非難されることではありません。そのような別の考え方を頭ごなしに排除されることを、「馬鹿げた国家主義」と私は考えます。

>内申書で公の意識をもって活動したことを評価する
これも構いませんが、これが非常に大きなウェートを占めるなら、やはり意味のないパフォーマンス的ボランティア合戦が横行するだけでしょう。現実的ではありません。

>貴方はそういった経験がなく、ひたすら個のために勉強してきたから
私は勿論自分の為に勉強してきました。努力と言うのは本来的にそういうものです。イチローだって、山中教授だって、自分の為に努力したはずです。自分の為でなければ、何年間も本気で頑張り続けることは出来ません。「公の為に努力する」などと言えるのは、私には最低限3年を超える努力を継続したことのない方の戯言に聞こえます。
ただ努力をした成果を得た先には、自らが得たものは自らだけでなく、周囲や、社会の協力あってこそであったことが、自然とわかります。公に還元しようという気持ちは、その時芽生えるものでしょう。

>大人がしっかりとしたビジョンを示して型にはめる
私はそうは思いません。

>「公教育は国家のために行うもの。」
私はそうは思いません。

>「自然な感情として、国民の税金で学業を修めさせてもらって、貴方は日本国のために滅私奉公したいと思わないのですか?」
そうですね、愚問です。おっしゃられる「滅私奉公」が何を指すのかわかりません。
自らの私的な生活を犠牲にして公の仕事をしようと努力すると言う趣旨なら、平均以上にやっているように思います。
たとえば自らの収入の1/10で暮らし、後はどこかの公的機関に寄付しろと言う趣旨なら、そのようなことをする意思はありませんし、そのようなことをする人を見たこともありません。

投稿者: 米山隆一

米山 隆一 - 大学入試改革(3) へのコメント

家で親に育てられた子は忠孝を尽くすことが日本人の美学です。
貴方も馬鹿にされながらも家業を継いだでしょう。
それは親や家族に対する感謝の念からです。

企業で育った社員は企業に尽くすという仕来りが日本企業の佳き伝統でした。
社員が自由転職を権利として行使すれば、経営者は社員を変数として切り捨て、結果が社会不安定化です。

そういった社会の構造において、なぜ日本国によって育てられた人間が日本国に尽くさなくてよいのですか?
貴方の出た東京大学は官僚育成校ですが、日本国の官僚が国に尽くさないなんて、実に悍ましいことであり、その原因がまさにこのテーマです。

日本国政府の役割は国益を最大化することであり、その政府を動かしたい人間が「馬鹿げた国家主義」と言う。
この文脈において何処が馬鹿げているのか説明して下さい。

個より公を大事にする判断基準は口頭試問ではなく、むしろ実績である内申書での判断に基づくという発想はありませんか。
高校時代までにどれだけ公の意識を持って活動したかは大変重要な観点です。
貴方はそういった経験がなく、ひたすら個のために勉強してきたから、頑なに反発されるのではないですか?

「愛」に関して、妻子の無い「愛」云々はよく分かりませんが。
教育とはどのような人間を目指すのか、どのような社会を目指すのか、まずは大人がしっかりとしたビジョンを示して型にはめるべきであり、それを打ち破る力を持つ子供達が新しい社会を築いていくものです。
守破離といいますが、何も規制がない中から、何もお手本がない中から、安定した人生や安定した社会は作れませんし、それを指導者が言っては責任放棄でしょう。

>「国家に忠誠を誓う人間だけを選抜して、国家が教育を与える。」などと言う恐ろしい未来を、私は心から否定します。

真に恐ろしいのは「国家に忠誠を誓う人間だけが教育を与えられる。」未来であって、貴方の主張は私学を無視していますね。
国家を強くする政府部門と、多様性を重視する民間部門が両立する社会を目指すべきであり、公教育は国家のために行うものです。
そうでないならば、多くの国民は教育予算の税金は払いませんよ。

自然な感情として、国民の税金で学業を修めさせてもらって、貴方は日本国のために滅私奉公したいと思わないのですか?
愚問でしたね。

投稿者: 学業以外の資質

米山 隆一 - 大学入試改革(2) へのコメント

大学受験のシステムは一定点数以上取れば合格でなく上位~位までが合格というのが主流です。
当然入学させる人数に物理的可能な人数というのがあるので仕方ないですが、これは実際は一定学力以上ある人が学習するチャンスを奪われる可能性を秘めています。
(最近のシステムはかなり改善されたのでしょうか?その辺を詳しく調べないで書き込んでしまいました。)
また確かに大学の講義を理解するためには一定以上の知識が必要ですしその知識は高校以外でも得ることができます。
私が言いたいことは一定上の知識がある人は当然ですし、本来その知識を得るための時期にそのレールを外れてしまった人たちにもチャンスを与えてあげさえすれば可能性は広がるんじゃないかと思ったしだいです。
(別に現役に拘るわけじゃないですよ)
まあ、実際大学という枠に拘らなければいいだけの話なのかもしれないですが。
それと大学にも今まで以上の収入が見込めると思うので財政がらくになるかなというちょっと甘い考えの部分もあります。


>「大学受験を簡単にして、卒業を難しくする。」を徹底したら、普通に大学中退者が大量に発生するでしょう。それを受け入れられるアメリカ社会ならいざ知らず、日本社会では大量の社会不適合者を生むか、

この部分がいまいち理解できません。
なぜ日本では社会不適合者になるのでしょうか?

投稿者: とおりすがり(元)

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

国立大学を始め公立学校において、学力を基準に優秀な人材を育成することに異論はありませんが、国公立即ち国民の税金によって育てられる人材は須く国家のために奉公する義務があると考えるのは当然です。

ですが現状どうでしょうか。公に尽くすことよりも私が優先している国公立大学出身者が多すぎませんか。

医師は収入に汲々として僻地医療に身を投じず、公務員は保身に邁進して旧態を変えられず、大企業の経営者にいたっては国益よりもグローバル企業の利益を優先。

国公立大学に入るにあたり、個より公を大事に出来るか否かを指針にすることは国益にかないます。

最後に大事なことは、「国家はそういった人材を求めている」ということを日本国のリーダーが発信することの意義です。その影響があまねく初等教育に及ぶと考えれば、私は暗澹たる気持ちにはなりません。

投稿者: 学業以外の資質

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

とおりすがり(元)さん、コメントありがとうございます。返信が長くなりましたので、稿を分けて「大学入試改革(2)」の記事をアップしました。ご参照いただけると幸いです。

ひまわりさん、コメントありがとうございます。人の「志」や「人物」というものは、1年も2年も付き合ってやっとわかるもので、面接で判定するのは不可能だと、私は思います。また「志ある人物」であれば、自分のやりたいことに必要な能力を身につける努力はできるものですし、どう頑張っても身につかないなら、向いていないのだからあきらめるのが本人のためだと思います。

正直、あまりにあたりまえの原則を無視した議論が国の中枢で行われていることに、暗澹たる気持ちになります。

投稿者: 米山隆一

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

そうですね。人間性を正確に客観的に判断出来る機械の発明が先ですね。嘘発見器みたいな。面接官の当たり外れで不公平感をもたらすととんでもない悲劇が続出、ということになりかねないと思うのですがそうならないように。判断項目が何百何千になるかわからないけど公平を期する為に。まずはそこからでしょうか。

投稿者: ひまわり

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

なんだか笑っちゃいますね。およそ地球上に生を受けているものに熾烈な競争の無い世界は存在しないと思うのですが、能力に恵まれなかったけれども運良く七光りや八光でそれなりの地位につけた方々の腹いせ的な滑稽さを感じます。ゆとり教育で十分分かった筈なのにねえ。二番ではいけないのですか?」とおっしゃった方よりも何ランクも落ちるような気がします。

投稿者: ひまわり

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

大学で勉強するチャンスはたくさんの人に与えるべきだと思います。
その代り、一定以上の学力が身についた方しか卒業できないようにするべきだと思います。
そうすれば中学、高校といろんな事情で(良くも悪くも)勉強に励めなかった人にもチャンスが広がるわけです。


投稿者: とおりすがり(元)

米山 隆一 - 競争無き大学入試で日本の未来を創れるか? へのコメント

名無し応援団さん、コメント、ありがとうございます。

うーーん、そうでしょうか?私は一応医師をやっていますし、実家は養豚農家で、一応働いていただく方を選べる立場ではあります。しかし、「医師としての思考が出来る人」と「医師としての思考ができない人」を面接で見分ける自信は、全くありません。「農業従事者としての思考が出来る人」と「農業従事者としての思考ができない人」の区別となると、見当もつきません。

ちょっと好感度が低い発言になるでしょうが、医師は比較的短期間で極めて大量の文献を読んで、それを頭の中に整理して、目の前の患者さんの状態から病気を推測して、それを頭の中にあった知識と照合して論理的に確認して、複数ある選択肢の中から適切な対処をするということをしなければいけないので、「多少なりとも受験勉強的勉強が得意でないと、勤まらないだろうな…」と思います。
逆に「医師としての心得」とか「患者さんとの接し方」とかは、「常識的な人なら、教えればわかるんじゃない?」と思います。

受験勉強の弊害はよく叫ばれますが、全体的には、ペーパー試験の能力と、学問を身に着けてそれを応用する能力は比例します(ペーパー試験も明治と言うか、科挙以来千年以上の歴史がありますから)。確かに中に一部、「ペーパー試験の能力は高いけど、世の中を渡っていく能力としてはどうなの?」と言う僕みたいな(苦笑)人がいるのですが、それはそれこそ面接をして排除すればよいことだと思います。
少数のわずかな例外を排除する為に、主客を逆転して、「志は高いが、医学知識を身に着ける能力が伴わない医学生」ばかりの大学から医師を輩出するのは、患者さんにとっても、本人にとっても不幸ではないでしょうか。

投稿者: 米山隆一

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