法科大学院協会は1日(月)、全国74校の総定員数5,765人のうち約1,000人が2011年までに削減されるとの推計を発表しましたが、私には今回の削減策にどれだけの意味があるのか、良く分からないんです。
これまで文部科学省は、大学別の募集人員・志願者数・受験者数・合格者数・入学者数を調査した結果を公表して来ませんでした。政策を立案・評価・検討する際に必要不可欠なこの種の基本統計を公表してこなかった役所の姿勢に対し、私は強い不信感を抱き、幾度も公表を求めました。そしてこの度、「平成21年度法科大学院入学者選抜実施状況(大学別)」がようやく私に届けられました。それによると、5,765人の総募集人員に対して総入学者数は4,844人にすぎない、つまり定員割れは既に921人に達しているのです。また、個別の大学名の引用は差し控えますが、国立大学を含むおよそ20校において、募集人員の半分そこそこしか入学者数が確保できていない実態も明らかになりました。再来年までに約1,000人の定員を削減するという協会の主張よりも現実の方がはるかに先に進んでしまっている。実際は、法科大学院側からの能動的な削減でもなんでもなく、逆に志願者の側から法科大学院に対して定員の削減が突きつけられていることに協会や文部科学省は気がついているのでしょうか。
もう一つ、近頃、法科大学院関係者の動きで解せないことがあります。それは、法曹三者や与党の国会議員に対して、予備試験の簡素化・簡易化を阻止するための要請活動を活発に行っていることです。なぜ彼らは簡素で簡易に実施される予備試験を脅威に感じるのでしょうか。自分たちの教育の内容や体制が優れているならば、予備試験ではなく法科大学院にこそ志願者が集まると自信があるはずです。教育の中味によってではなく、制度の縛りによって自分たちの存在を守旧しようとする法科大学院関係者の発想には、高い使命感や強い矜持を微塵も感じることができません。ただひたすら、政治や行政に庇護をお願いして回るだけ。理想の法曹養成制度を作るという彼らの誇りは一体どこに行ってしまったのでしょうか。高額の経済的負担を課しているという学生に対する責任感、国から多額の補助金や裁判官・検察官の派遣を仰いでいるという国民に対する責任感は一体どこにあるのでしょうか。「そもそも受験資格制限なんか要らないんだ。そんな保護策などなくても、学生は必ず法科大学院をとる」と言ってのけるだけの力強い自信が関係者にはないのでしょうか。「しっかりしろ、法科大学院!」と私は言いたい。法科大学院の猛省と真摯な自己改革を強く求めます。
>>なぜ彼らは簡素で簡易に実施される予備試験を脅威に感じるのでしょうか。
簡素化した予備試験ができたら、自分たちの利権が脅かされるのだから、脅威に感じるのは当たり前でしょう。
河井議員は、予備試験の簡素化を本気で考えているのですか?
本気で簡素化を考えるのであれば、
1.さらなる質の低下
2.法科大学院の廃止
を真剣に検討した上で実行しないと、とんでもない事態になりますよ。
一方で法科大学院を存続させながら、他方で簡素化した予備試験を実行する・・・。
上記1と2を無視してこんなことやったら、どうなるかくらい分かりますよね?
河井先生、いつも素晴らしいご意見を有難うございます。
今回の、「志願者数5,765人の総募集人員に対して総入学者数は4,844人」という部分には大変驚きを感じました。
なお、文部省は、この事実をできるだけ隠すためなのか、「平成21年度法科大学院入学者選抜実施状況(大学別)」をいまだ発表していません。
例年は5月中旬に発表してる事を考え合わせると、意図的に時期を遅らせているとしか思えません。
この点について、文部省にぜひ強く抗議して戴きたいと思います。
法科大学院の自己改革?。ご冗談でしょう。できっこないのは、河井先生自身、お気付きですよね。先生なりのブラックユーモアと受け取りました。日本の大学がいかに自己保身しか考えていないか、それは入試制度の変遷を見れば一目瞭然です。少子化が進む中、リストラすることなく(私大事務職員の年収1300万にはたまげました)学生というカネづるを確保するため学部名称(国際、コミュニケーションなど)を受験生受けするものに変更したり、「個性、多様な人材発掘」という美辞麗句のもとで受験生確保のための一芸入試やAO入試の導入、受験科目の削減を進めました。今や、分数計算ができなくても、否、九九がおぼつかなくても立派な大学生です。
もはや大学当局には最高学府としてのプライドがありません。自己改革などできるわけないでしょう。
すでに河井先生もご承知だと思いますが、最近、日弁連や法科大学院協会が公明党などに対して予備試験制度の拡大を阻止する方向で働きかけているようです。法科大学院の教員などで構成される法科大学院協会は勿論のこと、日弁連も法科大学院の理事や教授ポストに多数の日弁連幹部が就任していることや、日弁連法務財団が適性試験の実施や法科大学院の認証評価事業など法科大学院に関する多くの事業を行っていることなどから法科大学院と利害が対立する予備試験に対しては敵対的です。(日弁連に予備試験について意見を聞けばおそらく「予備試験は法科大学院を中核とする法曹養成のプロセスを崩壊させるのであくまで例外的な運用をすべきだ」といった主張をするものと思われます。)
彼らは多くの予算やポストを生んだ法科大学院制度の既得権を守るために行動しているに過ぎません。
予備試験について法科大学院関係者は「法科大学院修了程度の学力を判定できるのか疑問だ」と批判しているようですが、法曹となるのにふさわしい能力を有するかどうかは新司法試験で判断できるのですから、単に新司法試験の受験資格を得られるにすぎない予備試験の合格者数を少数に絞る必要は全くなく、法科大学院修了者と予備試験合格者を新司法試験で競わせるのが公平だと思います。
また、法務省が予備試験合格者数を抑制する方向で動く可能性もあります。しかし、仮に「法科大学院が法曹養成の中核」だという立場に立ったとしても、法科大学院修了者と予備試験で難易度に差をつけることは国家資格取得の公平性の観点から問題があると思います。法科大学院修了者と予備試験ルートで法曹資格取得の難易度に格差を設けるなどとは司法制度改革審議会の意見書やそれに基づいて法改正された現行制度でも何ら規定されていません。
予備試験が要求する「法科大学院修了程度の能力」は「あるべき法科大学院修了者」ではなく現実の法科大学院修了者」の最低レベルに合わせるのが本筋でしょう。ある年の法科大学院修了者が仮に5000人なら5000番で修了した最低レベルの者でも新司法試験の受験資格は得られるのですから、予備試験の合格レベルもそのレベルに設定するのが公平だと思われます。(この点は法務省に確認して頂ければはっきりすると思いますが、どうも法務省の中には予備試験が要求する「法科大学院修了程度の能力」の水準を現実にはごく一部の優秀な法科大学院修了者にしか該当しない「あるべき理想的な法科大学院修了者」に設定するかのような意見があるようです。)
予備試験が平成23年から実施されることは司法試験法やその関連法案などで既に決定しています。また、法科大学院修了者の新司法試験合格率と予備試験合格者の新司法試験合格率を均衡させることも閣議決定されています。
今後、日弁連や法科大学院関係者、公明党サイドあたりから予備試験制度を否定する方向での政治的行動が起きると思われますが、河井先生など「法曹養成と法曹人口を考える国会議員の会」の先生方はこのような圧力に屈せずに毅然と行動して頂けるようにお願い致します。
足利事件の会見見ましたか。
取り調べの可視化は、捜査機関から自白を強要されることによって生じるえん罪を防止し、人権を保障しようとするものです。
しかし、この「捜査機関の取り調べの可視化」に反対される河井議員(2009年4月26日ブログ)。
一方、弁護人との接見の秘密は、無力な個人である被疑者・刑事被告人(無罪の推定が及んでいる)が、強大な組織力を持つ捜査機関と裁判で対峙するためには是非とも必要なものであり、人権を保障するためのものです。
しかし、この「弁護人との接見の可視化」を行うべきとする河井議員(2009年4月26日ブログ)。
弁護人との接見の秘密が守られなければ、捜査機関から自白を強要された被疑者・被告人は、弁護人にこれを相談することも難しくなると思います。河井議員はこの点をどうお考えでしょうか。
法務副大臣まで務められ、捜査現場の状況を把握されているはずであるにもかかわらず上記のような立場をとられ、その一方で人権保護法推進派とみえる河井議員は、足利事件をどうみられるのでしょうか。
自民党政権下で発足した法科大学院に対する総論的な批判も結構ですが、ご自身の個別的かつ具体的な考え方をもっとお聞かせ願いたいと思っております。
どこまでも金やポストにすがり続ける法科大学院関係者の態度には吐き気を覚えます。
きれいな建前の裏に、どす黒い利権がうずまいているのを知りながら、止められなかった自民党ににも責任があります。
そして、今度は公明党にすがりついているようですね。あきれて何も言えません。恥を知れ!
P.S 産みの親の親玉である佐藤幸治先生へ
あなたは、先日政府のアイヌ政策視察一行の代表として北海道を訪れ、現在の政策を「まさに理想の取り組みだ!」と声高に発言していました。しかし、地元の新聞によると、一行は大して視察もせず、現地のアイヌの子孫の方の意見には耳を傾けず、お役所の説明を聞いただけとのこと。
あなたは、法科大学院を作る時も、全国を行脚して「法科大学院制度はすばらしい!」と自己陶酔気味に語っていましたよね。旧試験制度での現状をたいして知りもせず。
いい加減にしてください。
若手、中堅弁護士には河井先生に注目して応援している者が多いです。がんばってください。
増員自体は悪いことではないのかもしれませんが、目標とする法曹人口を十分に検討せずに、いきなり大幅増員して就職難を招いたこと、法曹教育を営利団体である大学に移管したことは大失敗であったと思います。
従前の研修所教育は、よかれ悪しかれ非常に充実した教育制度でした。司法研修所では、優秀な実務家教官より、経験談をふまえ、学術的にも人格的にも懇切丁寧な指導を受けられました。特に弁護士にとっては、司法研修所の教官となることは、経済的には大きな負担ですが、従前は、弁護士会から教官に推薦されることは大変な名誉であるとされ、自己の負担を省みず協力していました。その根底には、法曹三者は、同じ研修所の釜の飯を食った仲間であり、研修所への恩返しをしなければならない、という利害を超えた共同体意識がありました。その中で、裁判官、検察官も、良きも悪しくもざっくばらんに自己の仕事ぶりを見せ、あるいは語っていました。
しかし、法科大学院の導入により修習期間も短縮されて研修所教育の意義は失われ、他方で弁護士自身の将来的不安により、今やどの会も教官のなり手がいないという状況になりました。裁判所、検察も、修習生の能力への不安、信頼の低下から、全部の修習生を教育するのはやめ、任官者のみ教育するという方針になりました。この結果、研修所教育は極度に形骸化しました。
法曹教育は、本当にきちんとやれば、経済的にペイするものではありません。所詮、法曹教育を担いつつ営業的にも利益を得るということは不可能であり、法科大学院にとって法曹教育を担うなどということは手に余るものだったというのが現実でしょう。就職難の問題には目をつむり、増員のみを主張する法科大学院の態度は、自己の保身・利益のために学生を食い物にしているにすぎません。
これまで、弁護士会は就職難に対応してなんとか就職口を用意してきましたが、そのツケがたまりにたまって、62期では数百人レベルで就職できない者がでそうな見込みです。今後、不景気も相まって1000人、2000人とまともに就職できず、先輩弁護士からの指導を十分に受けられない弁護士が増えていくことは容易に予見できます。今の弁護士会の目下の課題は、そういった「野良弁護士、落ちこぼれ弁護士」をどう管理するか、というところまで成り下がりました。
法科大学院は法曹養成にとって、障害でしかありません。先生のいうとおり、予備試験を拡大して法科大学院は独学者と競争すべきでしょうね。
予備試験を拡大すると就職難が解消するんですか?
あと、別に教官の話とかどうでもいいですから
一弁護士さん
先輩法曹の方々がしっかりやっていてくれれば司法制度改革などという話にならなかったので、自業自得ですね。
>先輩法曹の方々がしっかりやっていてくれれば
ロー教員の方々がしっかりやっていてくれれば再度の司法制度改革などという話にならなかったので、自業自得ですね。
>ロー教員の方々がしっかりやっていてくれれば
さすが,司法制度改革に失敗したのに,責任を取ろうともしない自民党に所属される先生のブログにふさわしい責任転嫁ですね。
質に関してお上が決めてコントロールするという発想がそもそもどうかと思うのですが。如何様に思われますか?
あの試験が出来ればよい弁護士だと考えられていますか?
法科大学院の教育の質が現在の合格者数に表れているのでしょうか?
単に法務省の利権確保のために人員を悪戯に絞っているだけでしょう。
そもそも、試験の意味についてどうお考えですか?
例えば
・法律が多数改正している中、昔々に取得した人間はなぜ問題がないのでしょう
・法務省等の利権により勤務だけで弁護士資格取得可能な人間が本当に能力あるのか?
・よい弁護士は法律の知識があることなのでしょうか?
・実務の弁護士では専門外のことなど判らなくても(むしろ殆どがそれ)良い弁護士は沢山います
こういったことをどう思われますか?
つまり、法律を広範に知っている事を求められる試験を重視しても実はあんまり意味がないということです。
法律の基礎を完全に理解している必要はありますが、各論など意味のないことです。
(実務で学べばよいし、今だって、試験合格直後なんてまったく使えない弁護士ですよね)
法科大学院云々なんて馬鹿馬鹿しい議論だと思いますが・・
司法試験に受からないローは、免許が取れない自動車教習所のようなもの。
なんのための授業料か。
じゃあなにか。ローはおもちゃの自動車に乗って遊ぶアトラクション施設か。
デパートの屋上にあるような。
高い遊具使用料だ。ロー教授は、遊園地の従業員。
はいはいまったくあんたのいうとおりだよ
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